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CD評

近藤伸子プレイズ J.S.バッハ ~ フーガの技法~
Die Kunst der Fuge (2021年4月発売)

-他にはない独自性-

(前略) 近藤タッチはしっかりとして重みがあり,特に前半の10曲はオルガンのような響き.現代のピアノの長い減衰は旋律の対位法的な横の線の表現に有利な一方,テクスチュアが濁りやすい欠点があるが,この演奏は巧みなペダルの扱いでほどよい明度が保たれている.楽譜にないデュナミークはCP7番を弱音で弾き始めるくらいで基本的につけていない.そのために一層オルガン的なサウンドが印象づけられるが,CP12番の回転形はぐっと音量を抑え,曲の終わりの装飾的なパッセージも鍵盤を撫でるような軽いタッチで音色を変える.続く13番の基本形のリズムが軽やかで躍動感があり,この曲辺りから音色はカラフルに情感が濃くなるなど他にはない独自性が出てくる.BACHの主題が出てきたところで途絶える未完のフーガの余韻を残した終わり方が印象的だ.

レコード芸術 2021年5月号 (那須田務氏)



ALCD-9214 (定価3,400円)
録音:2019年5月(彩の国さいたま芸術劇場)
発売:2021年4月

近藤伸子プレイズ J.S.バッハ ~ 音楽の捧げもの ~
Kondo Nobuko Plays J.S.Bach (2015年9月発売)

-思索的ともいえるほど内面的な演奏-

(前略) アルバムの冒頭で弾かれた《半音階的幻想曲》が彼女のバッハを象徴している.押し出しの強い名人芸的な曲だが,派手なところはなく,思索的ともいえるほど内面的な演奏なのだ.《フーガ》も同様.弱音で開始し,各声部がきれいに弾き分けられる.テンポは安定しているし,何よりも音やリズムに生き生きとした表情がある.《幻想曲とフーガ》イ短調もいたずらに重厚感を出さない.こまやかな心遣いでアーティキュレーションを施し,多様なアフェクト(情念)を引き出す.《3声のリチェルカーレ》で弾き手はさらに音楽の内面深く沈み込んでいく.《カプリッチョ》も単なる器楽による音楽劇の描写に終わらず,各場面のアフェクトや登場人物の心情を丁寧に掬いとっている.《4つのデュエット》もそぎ落とした美しさと多様な情感がほどよいバランスで同居.《イタリア協奏曲》は標準的な解釈.歯切れの良いタッチと程よい安定したテンポ,巧みな声部のバランス,透明度の高い響きによる好演だ.そして最後に弾かれた,深い余韻に満ちた《6声のリチェルカーレ》が静かな感動を誘う.

レコード芸術 2015年10月号 (那須田務氏)


-深い精神性を感じさせる-

(前略) 今回はバッハの作品でまとめられた1枚.《平均律》や組曲系以外の重要な作品がならんでおり,中でも演奏至難と言われることが多い《音楽の捧げもの》からの《6声のリチェルカーレ》まで収めている.そのいずれもが,実に穏やかで深みのある美音と確かなテクニックで美しく演奏されているのだが,表面的に煌びやかなところは微塵も無く,ひたすら音楽に埋没したような,深い精神性を感じさせる表情に打たれる.ペダルの使用を抑制した,全ての声部の明晰さも特筆してよいものと思う.

音楽現代 2015年11月号 (福本 健氏)


ALCD-9153 (定価2,500円)
録音:2004年8月(彩の国さいたま芸術劇場)
発売:2015年9月

J.S.バッハ:トッカータ -全7曲-
Kondo Nobuko Plays J.S.Bach - Toccatas (2007年3月発売)

-哲学者的な相貌と思索的な趣-

昨年「新ウィーン楽派のピアノ作品集」をリリースした近藤伸子だが,近年はバッハに取り組み,《平均律クラヴィーア曲集》全曲や《ゴルトベルク変奏曲》などをコンサートで演奏しているという.「新ウィーン楽派」のアルバムで聴かせた,重厚な質感のある音色による,堂々とした押し出しの演奏である.

ライナー・ノーツで近藤は「トッカータの演奏には,暴れ馬をのりこなすような面白さがある」と語っているが,なるほどそれも頷けよう.それくらい大変にダイナミックな演奏なのだが,乗馬に連想されるスポーティな感覚ではなく,どこか哲学者的な相貌と思索的な趣があり,それと肉体的なダイナミズムや情熱が不思議なバランスで同居しているところにこの演奏の特徴があるといえる.

ニ長調BWV912は,華やかな開始.しっかりとした硬質なアーティキュレーションとメリハリの利いたリズムで奏でられ,情感のコントラストが鮮やかだ.ピアノのタッチは硬くきりりと引き締まっていて,まぶしいほどの光を帯び,レチタティーヴォ風の緩徐な部分は内面的かつリリカルな美しさを湛えている.ニ短調BWV913の序奏は幻想味豊かで間奏は仄かな憂いを帯び,続くフーガはやはり硬めのアーティキュレーションによって生き生きとした歌を聴かせる.

総じて,ピアノの音色は入念に研磨されて時に重厚.熟考され,確信に満ちた解釈と明晰な構造に加えて,精神の強さと叙情の瑞々しさが示されていて,今日では珍しい,ドイツの新即物主義以来の伝統に通じるバッハといえる.

レコード芸術 2007年6月号 (那須田務氏)


-ピアノ曲として磨き奏でて,魅力-

06年三鷹市芸術センター風のホールでの録音.ピアノでトッカータ全7曲を収録したCDは少ないだけに,まずこれは貴重.演奏もこまやかなダイナミクス,なめらかなフレージング,息の長いテヌートで二重フーガのパターンがチェンバロより明瞭に聞こえるなど,ピアノならではの特性を活かしながらトッカータたちをピアノ曲として磨き奏でて,魅力.

ショパン 2007年6月号 - 今月のおすすめ(壱岐邦雄氏)


-曲の魅力をあらためて提示-

書法的に手薄な部分があるため,バッハの鍵盤作品の中では地味な存在であるトッカータ.その個性を自由度の高さとして捉え直した視点がまず新鮮.抑制された表現ながら,現代ピアノならではの音色と音量の変化を駆使して曲の魅力をあらためて提示.曲目解説も丁寧な好アルバムだ.

「新ウィーン楽派のピアノ曲」の第2弾は,一気に遡ってバッハを取り上げた.本作でも作品の格を掴む透徹した洞察力を十分に発揮し,バッハの対位法の精緻な世界が見事に構築されている

CDジャーナル 2007年6月号 - 試聴記 (友部衆樹氏)

WWCC-7489 (定価2,625円)
録音:2004年10月(大泉学園ゆめりあホール)
発売:2005年3月

新ウィーン楽派ピアノ作品集
Kondo Nobuko Plays Schönberg, Berg, Webern (2005年2月発売)

-香りたつような世紀末のロマンを漂わせる-

近藤伸子による「新ウィーン楽派ピアノ曲集」は魅力的だ.シェーンベルク,ベルク,ウェーベルンのピアノ曲はおなじ楽派といっても,時期によっても異なり,それぞれ独特の音の世界を持っている.近藤はその性格の違いを音の構成や響きの運動力学から自然に捉まえ,解き放っている.

まずシェーンベルクの「三つのピアノ曲」から感じるのは,情と知のバランスの良さであり,感情の移ろいや振幅が秘める音楽の鼓動だ.さらに倍音の多いピアノの響きも武器にしている(少しピーター・ゼルキンのピアノを思わせる).これはベルクのソナタで最も効果を発揮しており,音に揺さぶりをかけ,動かしつづけようとする衝動が香りたつような世紀末のロマンを漂わせる.またウェーベルンの「変奏曲」も仄かなロマンと鋭いコントラストで美しい音の万華鏡を彩って美しい.全体に練り上げられた完成度の高い演奏で,数ある「新ウィーン楽派ピアノ曲集」のなかでも重要な一枚になるだろう.

音楽現代 2005年5月号 (三橋圭介氏)


-強靱なピアニズムとともに表情豊かに奏でられる-

(前略) 近藤伸子による新ウィーン楽派,それもシェーンベルクを中心に編まれたアンソロジー. かなりピアノに接近した録音で,それも曲の本質に一歩踏み込んだ演奏であることを印象づける.ピアノの音色は決して口当たりのよい美音ではない.初期の無調音楽《3つのピアノ曲》作品11はなおさらだ.粒子が粗く質朴とした装いながらもその内面に強いエネルギーを秘めたタッチと口数の少ない音符の狭間に作曲家の荒々しい情念が見え隠れする.

《6つのピアノ小品》作品19はさらに無口に,そしていくらか洗練を加えた作風だが,そのひとつひとつの曲にも近藤は多様なイメージを盛り込む.作品23の《5つのピアノ曲》も同様で,重心の低い演奏の醸しだす叙情は強靱かつしたたか.パッサカリアの形式で書かれた第3曲はピアニスト自身が自ら執筆した解説にもあるように,「音列の扱いの点で5曲中最も複雑な様相を手している」作品だが,その演奏はたいへんに明快で,全体が見渡せると同時に細部の印象的な瞬間がくっきり浮かび上がる.

そして,全曲を通じて十二音技法で書かれ,技巧的にも難曲で知られる作品25では,個々の曲の性格が強靱なピアニズムとともに表情豊かに奏でられる.ウェーベルンは一段階繊細なタッチとなり,洗練さを増している.ベルクのソナタ作品1は内的な力強さと曖昧なところのない解釈,絶妙に施されたテンポの変化が,眩暈のしそうなほど色濃い情念の揺らぎをもたらしている.

レコード芸術 2005年5月号 (那須田務氏)


-作品構造に対する明確なヴィジョンが鮮明-

知る人ぞ知る近藤の待ち望まれたデビュー盤.バッハから同時代音楽までを均等な視点でアプローチすることが出来る貴重なピアニストらしく,作品構造に対する明確なヴィジョンが鮮明だ.曇りなく声部を弾き分ける明晰なタッチも,クールではあるがドライではない.

CDジャーナル 2005年5月号 (松本學氏)


-洗練,秀美,磨き上げた美音-

(前略)彼女は20世紀音楽を特異とするとあってこのファースト・アルバムも意欲的なプログラミング,といっても 演奏そのものは洗練,秀美,磨き上げた美音で音楽をなめらかに流す.<新ウィーン楽派>ピアノ曲 たちが20世紀音楽の前衛という役割を果たし終え,内に秘めたドイツ・ロマンの詩情が瑞々しく薫りたつ. ベルクももちろん,はじめて12音技法をもちいシェーンベルク「ピアノ組曲」もピアニスティックに響いて 美しく,ウェーベルンの休止にしても<沈黙>というより<余韻>の趣が強い.彼女のシューマンや ブラームス,さらにはドビュッシーなどを聴いてみたい.

ショパン 2005年5月号 (壱岐邦雄氏)

(いずれも出版社あるいは著者の承諾を得て転載しています)

WWCC-7750 (定価2,625円)
録音:2006年10月(三鷹市芸術文化センター)
発売:2007年3月