20世紀のピアノ曲

20世紀のピアノ曲

学生時代,あまりにショパンばかり弾かされることに辟易して,シェーンベルクなどの新ウィーン楽派の音楽の演奏に興味を持ちました.その後,論文の研究課題に選んだことをきっかけに,シュトックハウゼンを中心とした20世紀のピアノ曲を弾く機会が多くなりました.

現代音楽については,様々な視点から多くの言説が出回っていますが,ここでは実際にそれを演奏するピアニストの立場から,感じるところを書いてみます.ただし,ここでいう現代曲というのは,1960年代に前衛的とされたシュトックハウゼン,ブーレーズ,ベリオらの作品を念頭に置いています.

ピアニストからみた現代音楽

演奏の難しさ

現代曲を演奏するにあたっては,普通の曲と異なる様々な障壁,問題点があります.まず,名曲とされるものは常識をこえて演奏が難しいものが多いことが挙げられます.クセナキスの《エヴリアリ》,シュトックハウゼンの《ピアノ曲X》,ベリオの《セクエンツァ》などはその良い例です.読譜が破格に難しく,練習してもそれが体に馴染 むまでが大変です.伝統的な音楽のパターンを破壊する形で成立している,ある意味で身体でなく頭脳先行型で作曲されているものが多く,初見で弾くことなど到底不可能な作品もあります.

和音やアルペジオが中心となる普通の曲と異なり,大きな跳躍,複雑なリズムが多い現代曲の演奏には大変な労力を要し,演奏者泣かせの作品が少なくありません.また,このような労力に見合うだけの演奏効果が必ずしも得られないこともしばしばです.さらに,一般に再演する機会に乏しいという問題もあげられます.

演奏以外にも,様々な準備が必要です.例えば,ケージのプリペアドピアノの演奏では,ピアノ弦に挟むボルトやワッシャーなどを用意する必要がありますし,シュトックハウゼンの《ピアノ曲XIII》では,インド鈴やロケットを用意しなくてはなりません.内部奏法を行う曲の場合,演奏会場に備えられているピアノは内部奏法が許可されていない場合が多いので,専用のピアノを用意する必要がありますから,その分費用もかさみます.また,ピアノ内部のフレーム構造はメーカー,機種によってかなり異なるので,自宅のピアノと異なる場合は,本番用のピアノで練習しなおす必要があります.

演奏の魅力

このような困難を克服してもなお現代曲を演奏したいと思わせる,その魅力はなんでしょうか.それは何といっても,従来の音楽の常識を覆す新鮮さ,驚きです.そして,音楽表現の幅広さです.物事にはすべて美醜両面があります.過去の音楽は,そのうち「美」の部分のみを表現してきました.現代音楽は,時として「醜」の側面を含めて表現します.すなわち表現の幅を.大きく拡げることができるのです.

ただ,現代音楽の新鮮さには限界が見えてきたことも事実です.いわゆる「現代音楽」が誕生した当時,そこには従来の音楽語法からかけ離れた非常な新鮮さが,多くの人々を魅きつけたに違いありません.しかしその後,そこにはやはり固定的なパターンが見えてきました.また,単なる驚きに終わって,感動につながらないこともしばしばあります.しかしながら,このような傾向は他の芸術,例えば現代美術にも共通することだと思います.タピエス然り,ロスコ然りです.

シュトックハウゼン (1928-2007) 出典

クセナキス (1922-2001) 出典

ケージ (1912-92) 出典

シュトックハウゼンのピアノ曲-難易度ランキング!

現代ピアノ曲はたくさんありますが,とても弾きやすいものから,想像を絶する難度のものまで様々です.現代曲に始めて取り組む方にとっては,どのくらい練習したら本番にかけられるか,不安材料のひとつでしょう.参考までに,シュトックハウゼンのピアノ曲I~XVについて,難易度の目安を御紹介します.易しい方から順番に行くと...

III: 最も簡単.ブルクミュラー程度でもなんとか弾けそう.

IX :普通の曲の感覚で弾ける.それほど難しいパッセージはないが,一定に刻む拍を長時間持続させる精神力が必要.

V, VII: かなり練習しないと弾けないが,まだ普通の曲の感覚.

II:短いが結構大変.

VIII:短いが相当大変.

XII-XIV:ピアノ演奏の技術的な面ではさほどではないが,パフォーマンス(口笛,つぶやきなど)とピアノの鍵盤の演奏がポリフォニックに絡み合うため,体に馴染ませるのが大変.特にXIIは指鳴らし(パッチン),XIIIは口笛も上手でないと.内部奏法可能なピアノを用意する必要もある.

XV: シンセサイザーを使いこなせない場合は,マニュピレータを頼む必要あり,費用もかさむ.

I, IV:短いが非常に大変.

VI:譜読みの煩雑さはXと双璧をなす.二段譜になっており,上段はこまかいテンポの変化を表わす.ただし,自分ではまだ弾いたことがないので推測.

XI:目に触れた順に各断片を弾くというコンセプトに忠実に演奏するのは,人間の能力を超えておりほとんど不可能.楽譜には記されていないが,事前にどの断片を選択するかを決めて良いと作曲家自身ものべており,この方法なら何とかなる.このことを,楽譜に明記して欲しいものである.

X: 譜読み,演奏ともに最高難度,演奏困難現代曲ベスト3に堂々のランクイン.

現代音楽を知るためのお薦めCD

新ウィーン楽派ピアノ曲集 (近藤伸子)

我田引水ですが,この1枚で現代音楽の創始者であるシェーンベルク,その直弟子ベルク,ウェーベルンのピアノ作品をすべて網羅しており,代表的な十二音技法についても知ることが出来ます.また,これまでほとんど収録されていない,まだ機能和声を色濃く残した初期作品も含まれています.

メシアン:幼子イエスにそそぐ20のまなざし (ミシェル・ベロフ)

中でも「喜びの精霊のまなざし」は,演奏は大変難しいのですが,プリミティヴな魅力に溢れています.

武満徹:ノヴェンバー・ステップス (小澤征爾/トロント交響楽団)

日本を代表する現代音楽の作曲家,武満の代表作を集めたCDですが,中でも「アステリズム」 「地平線のドーリア」は お薦めです.とにかく聴いてみてください.素敵な曲です.

シュトックハウゼン:コンタクテ

電子音だけによるヴァージョンはあまり面白くありませんが,ピアノ,打楽器との共演ヴァージョンをお薦めします.

シュトックハウゼン:少年の歌

初期の電子音楽ですが,今聴くとほのぼのした魅力があります.

シュトックハウゼン:ピアノ曲X

フレデリック・ジェフスキーまたはコンタルスキーのCDをお薦めします.この曲には,(名前は挙げませんが) 超ハズレのCDもありますのでご注意ください.